【うつ話7】私は何でうつ病になったの? ~理由と原因を考えてみました~
こんにちは。ゆきこです。
婚活はうまくいったので、今回からは過去を振り返ります。
私のうつ病歴は1年半。
隠れうつ歴は恐らく3年で、寛かいしてからは約1年経ちました。
1年経って、幸せな生活を送ることができていて、社会人にもちょっと戻ることができた今だから、やっと当時のことを振り返ることができます。
今苦しんでいる人は、元気になるまでは無理に振り返らないでください。
治った後、振り返ることができる日がきっと来ます。
今日考えたいことは、私は何故うつ病になったのか?
原因は何だったのか?
元気になった今考えてみると・・・
理由や原因は一つではありませんでした。
そして、うつ病を回避することは無理だったと思っています。
私がうつ病になった原因は、性格・家庭環境・仕事の3つだと考えています。
性格
コミュニケーションが苦手。
集団行動が苦手。
1人が好き。
不安を感じやすくて、怒られたり嫌われると必要以上に委縮するし、何日も引きずります。
自分の力が発揮できない状況だと、とても不安に感じてしまって、今すぐその場を逃げたいという気持ちが強くなる性格です。
こういった私の性格のマイナス面がうつ病にガッツリ働いてしまったように思います。
この性格は今も基本的には変わっていません。
Mさんとの交流のおかげで少しやわらいだのか、疲れない程度の人付き合いはできるようになりましたし、極度の不安も感じないようになりました。
あるいは、責任を放棄した立場なので、心に余裕があるからだと思います。
家庭環境
両親とも私を愛してくれていますが、夫婦喧嘩が多い家庭で育ちました。
そのせいで、安心できる場所であるべき家庭が、私にとって100%居心地の良い場所ではなかったのだと思います。
さらに、幼少期に不安定な家庭環境で育った子どもは、脳が少し変質するという話もあります。
私の不安を感じすぎる性格は、生来のものもあるかもしれませんが、環境的に強化されたのかもしれません。
温かいごはんと温かい家で、身体的な病気もなく健やかに育ったという幸せはもちろんかみしめています。
ただ、メンタル的なところで少しヒビが入っていたのも事実なのだと思います。
もちろん両親には感謝しているので、子育てが終わった二人には幸せに過ごしていってもらいたいです。
仕事
そして、うつ病発症のきっかけになったのが仕事です。
他の人は病気になることなく働いていたので、仕事自体はふつうの内容だったのだと思います。
私より大変な仕事をしている人たちでも、病気になってはいませんでした。
それなら、原因は私には合っていなかったということになります。
正直、仕事をはじめて1か月で自分には合わないと感じていました。
でも、辞めることなんてできませんでした。
正社員入社したことを家族は喜んでくれたし、
給料は悪くないし、
無職なんて体裁が悪いし、
数か月で仕事を辞めたら、次の転職にも響くし・・・
何より数か月で辞めたいなんて、我慢が足りないのだと思っていました。
みんなできているのだから、自分のやり方や考え方、性格を変えたらいいだけの話だと思っていました。
でも、3年経ってもそんなことはできませんでした。
結局我慢をしすぎてうつ病の発症です。
今回はうつ病になった原因を考えてみました。
どうすればうつ病にならなかったのかというと、私の場合は
仕事を辞めて、
逃げて、
自分に合った仕事を見つけるまで試行錯誤し続けるということだったのだと思います。
自分に合わない仕事をやっていたら、自分に自信がなくなって、精神的な不安が強くなって、脳が不安による緊張状態でずっと痛め続けられて、結果としてうつ病になってしまった、というのが、私が考えるうつ病一連でした。
やっぱり、当時の私にはうつ病を回避することなんてできませんでした。
仕事を辞めて、プライドを捨てて、自分に合う仕事を見つけるまで転職を繰り返す・・・
できなかったな。
ここまで読んでいただき、どうもありがとうございました。
【婚活体験談ラスト】成婚退会 ~うつ病でも結婚したい!~
こんにちは、ゆきこです。
プロポーズをしてもらいました。
結婚届をもらいました。
二人の両親に結婚の承諾をいただきました。
ついに・・・
結婚相談所を成婚退会します。
いろいろあったので、長く感じますが、実は5か月しか在籍していませんでした。
この5か月は本当にいろいろなことがありました。
いつものように田舎でボチボチ仕事をしていたのに
いじめられて
お見合いをして
デートは楽しかったのに、メンタルが病んでしまって
また休職して
せっかく上手くいきかけた婚活もフラれそうになって
かと思ったら、上手くいって
ご両親にも認めてもらって
でも仕事は逃げるように辞めることになった
かなり凝縮された期間でしたが、おかげで人生をガラッと変えることができました。
ここで頑張っておかなかったら、私の人生はずっと独りで(家族はいますが)、メンタルも落ち込んだままの地の底だったと思います。
さて、本題ですが、結婚相談所に行って、月末で成婚退会をする手続きをしてきました。
成婚料は15万円。
結構かかりましたが、事前から支払う覚悟はありましたし、うつの自分が人並みに幸せを掴むことのできたお礼料だと思っていました。
・・・ところが、この成婚料はMさんが負担してくれました。
どこまで良い人なんだ!
と思いましたが、私が婚約指輪をいらないと言ったので、その代わりとして負担してくれるつもりだったそうです。
ただ、もちろん自分でも支払うつもりはあったので、ちゃんと貯金はしていました。
仲人さんとの最後の面談を行って、今後の結婚生活について聞きたいことはないかと何度も仲人さんに尋ねられましたが・・・
あんまりなかった。
本当になかった。
人と一緒だと眠れないから、寝室は別がいいけど、新婚でそれは難しいかくらいしかなかった。
しかも、実際に寝てみたら普通に眠れたから問題じゃなかったし。
こうして私の婚活は終わりました。
期間5か月。
金額210,000円。
本当にやってよかった。
結婚相談所に不満がなかった訳ではありません。
以前の記事でも書いたようなことが不満としてありました。
でも、ささいなことなので、仲人さんに直接言ったらきっと改善してくれただろうし、何より成果が出たので満足です。
金額についても、結婚相談所での婚活はお金がある程度かかると分かっていたので、特に不満はありませんでした。
恋愛経験が全くなしの病気持ちなのだから、ある程度お金を払ってでも目標を達成できるなら安いものでした。
私の周りの家族もみんな幸せになることができました。
私の婚活は運がよかったこともあり、比較的にスムーズに終わりました。
だって、わざわざ結婚相談所に入会して、お見合いした人数1人って・・・
もっと良い人がいるんじゃないかという後悔は全くありません。
うつ病持ちの時点で、自分が地雷人間なことは十分に承知しているので、受け入れてくれる男性がいただけで感謝感激しています。
これからは、Mさんに大きな迷惑をかけないよういっしょに生きていきたいです。
(迷惑はかけまくると思うので、そこは申し訳なく、ありがとうの感謝を噛みしめて生きていきます。)
現在苦しんでいたり、婚活に悩んでいる人がいたら、このブログがちょっとでも参考になったり、一歩踏み出すための役に立てば嬉しいです。
このブログですが、婚活編が終わったとはいえ、もう少し書きたいことが残っているので、今後も続きます。
うつ編や結婚編を書いていきたいと思っています。
特に、うつ編ではうつ病になった原因から寛かいまでを書いていきたいです。
今までは前職のことやうつ病時代のことを思い出すことが辛くて、全然書きたいと思わなかったのですが、今は新しい仕事もはじめることができて、心のエネルギーが充電できたので、書けると思っています。
ここまで読んでいただき、どうもありがとうございました。
今後ともよろしくお願いいたします。
【婚活体験談50】うつ病婚約者ならではの不安とワガママ
こんにちは。ゆきこです。
今回は、プロポーズ後に決めなくちゃいけなかったことと、私がワガママを言って、Mさんにしぶしぶ聞いてもらったお話しです。
時系列としては、プロポーズと両親への挨拶の間に話し合ったことになります。
まず、婚約から入籍までに決めておかなくてはいけないことがありました。
入籍の時期
同棲の時期
結婚式を挙げるか
この3つについて、うつ病で会社を辞めたことが原因でワガママを言いました。
私の住んでいる地域は田舎です。
お隣さんとの距離も近く、庭に停めている車の有無で在宅具合も把握できてしまいました。
まあ、休職期間が長かったので、今さら車がよく停まっていたとしても何も思わなかったかもしれませんが・・・
とにかく、仕事を辞めてすぐに実家を離れてしまうと、「私が出て行った」「結婚して出て行った」と町の人にバレて、会社の人にもバレてしまうのが猛烈に嫌で恐かったです。
退職するときに、結婚するから辞めるとは会社に言っていません。
ただ、もし縁談が破談になっていたとしても、仕事は限界だったので、どちらにせよ辞めていたと思います。
また、私をいじめていた先輩にバレることも気持ち悪くて嫌でした。
どうせ一過性の噂話のネタにされることが目に見えています。
こういった理由で、私はMさんとの結婚の時期をしばらく後にさせてもらいたかったのです。
仕事を辞めても実家に住み続けたら、ニート疑惑がもちあがるでしょうが、それは恐くも恥ずかしくもありませんでした。
むしろ、精神病で退職したのだから、家にいても当然だろうと思っていました。
私のワガママを理由とともに伝えると、Mさんは反対しました。
気にしすぎじゃないか
引っ越して離れてしまえば、会社の人を恐がる必要はないよ
優しく正論を話してくれましたが、うつ病で脳が不安に支配されている私は受け入れられませんでした。
何度もお願いした結果、Mさんは承諾してくれました。
入籍の時期はプロポーズから約半年後。
同棲開始は仕事を辞めてから約2か月後。
本来なら、婚約しているのだから、もっと近くに住めばいいのに、何か月も遠距離を引き延ばしてしまいました・・・
ただ、うつ病自体は完治していないので、迷惑をかけて一緒に住むより、もう少し改善してから住むということがメリットでした。
最後は結婚式を挙げるかどうかですが・・・
私は挙げたくありませんでした。
Mさんのご両親への挨拶訪問と同じ頃、私の学生時代の友人が結婚式を挙げました。
大人になってから結婚式に参加するのは初めてだったので、とても楽しみましたし、結婚式っていいなと思いました。
親や友人に見守られながら、全力で祝福してくれる場で、綺麗な雰囲気で憧れのドレスを着ることができる・・・
女の子なら憧れる晴れ舞台です。
じゃあ、なぜ結婚式を挙げたくないの?というと。
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新婦が友人しか呼べない
友人の結婚式でもそうでしたが、会社の人って招待しますよね?
私は退職したし、結婚したことを隠しておきたいので、結婚式に会社の人を呼ぶことができませんでした。
式を挙げるとなると、Mさんは必ず会社の人を呼ぶはずなので、新婦側だけ若い友人たちで埋め尽くされているのもアンバランスです。
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お金がめちゃくちゃかかる
安くても200万くらいしますよね・・・
身内だけの小さな式でもこれくらい費用がかかってしまうし、当日までの打ち合わせも面倒くさすぎると考えていました。
そもそもうつ病の頭で、何度も他人と打ち合わせをすることが負担でした。
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コロナ
まだまだコロナに脅えている時期だったので、万が一私たちの結婚式が原因でコロナ感染者が出たら、田舎に戻った家族や親せきは袋叩きに遭います。
さらに、出席者がコロナの後遺症に苦しんだり命を失うなんてことになったら、主催した私たちがずっと後悔することになります。
こういったデメリットを排除するために、結婚式には乗り気ではありませんでした。
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祖父母の体調が悪くて出席できない
また、かわいい孫の結婚式に参加してほしかった祖父母ですが、体調をわるくしてしまっていたので、遠方の結婚式に参加することが難しかったです。
祖父母が参加できないのだったら、どうしても結婚式をやりたい理由もないかな、と私のモチベーションは高くありませんでした。
これらの4つが結婚式を挙げたくない理由でした。
Mさんもこだわりはなかったので、私の意見を採用してくれました。
結婚式については、他の方法でお祝いをすることができたので、機会があれば後日書きます。
最終的に、MさんもMさんのご両親も、私の両親もみんなに私のワガママを聞いてもらうことになりました。
婚約早々、面倒くさすぎる女で申し訳なかったですが、今もみんなには感謝しています。
どうもありがとう。
また、ここまで読んでいただき、どうもありがとうございました。
【婚活体験談49】結婚の挨拶~お相手のお家編~
こんにちは。ゆきこです。
今日は私がMさんのご両親にはじめて会ったお話しを。
初めては結婚の挨拶をにし行ったときでした。
ご両親のことは、一度家族写真を見せてもらいましたが、ほぼ顔を覚えていませんでした。
いや、覚えられませんよね?
1回しか見てないし。
角度によって、本人と写真って大分変るものじゃないですか?
ということで、あまり先入イメージを持つことなく、ご実家へ向かいます。
前回同様、Mさん地域近くのドライブインで待ち合わせ、ランチを食べてご実家へ向かいます。
Mさんはまったく緊張がなく、私はちょっぴり緊張しつつも、どんな方たちだろうとワクワク感もありました。
良い印象を抱いてもらうために、服も個人的に頑張りました。
長めのフレアスカートに、上品ニットです。
色もパステルカラーで、優しく見えるようなものを選びました。
(ただ、当時は結婚ぽっちゃりだったので、より大きく見えていたのではないかと反省。)
それから、手土産に地元銘菓のお菓子を用意しました。
たぶん3000円くらいのものだったと思います。
前回言い忘れましたが、Mさんも我が家に来たときに手土産を持ってきてくれました。
お家に着き、Mさんと二人で玄関のチャイムを鳴らします。
ドキドキドキドキ・・・
はーい!よく来てくれました。
明るい声をしたお母さんが迎えてくれました。
リビングに通していただくと、お父さんも明るく挨拶してくれました。
二人とも優しそうな人で、歓迎してくれている様子で嬉しかったです。
私はドキドキしつつも、まずは手土産を渡します。
その後、リビングのダイニングに4人が座り、ほがらかに自己紹介をかねて色々な話をしました。
私は自分から話すことが得意ではないのですが、職業柄かご両親とも人に質問することがとても上手で、うまく私の話を引き出してくれました。
30分ほど話した後、用意してくれていたケーキをごちそうしていただきました。
BIGケーキでビックリしましたし、おいしかったです。
美味しいものも食べて、優しい人たちだったと分かって、安心するとだんだん眠くなってきてしまいました。
欲望の権化で申し訳ないです。
Mさんの部屋に通してもらって、少し仮眠をさせていただきました。
人の家ですやりとガン寝して、すっきりした頭で気づいたのですが・・・
・・・あれ?結婚させてほしいって言ってなくね??
ただ和気あいあいと私の話を聞いてもらってただけじゃね??
Mさんにすぐ知らせると、「確かに言ってない・・・」
急いでご両親のところへ行き、結婚します!!と伝えました。
今回の訪問の目的をすっとばしてしまうところでした・・・
こうして、バタバタしましたが、私たちの両親への挨拶が終わりました。
つまるところの婚約状態に突入することができました。
次回、婚活編最終回になります。
ここまで読んでいただき、どうもありがとうございました。
【婚活体験談48】成婚退会間近 結婚の挨拶訪問~我が家編~
おはようございます。ゆきこです。
ついに、我が家にMさんが初めて来ることになりました!
初めての訪問が、結婚の挨拶です。
めちゃくちゃ緊張すると思います・・・
日曜日に予定していて、大き目のドライブインで待ち合わせ。
そこでランチをした後に、我が家へ向かうという予定でした。
前日の土曜日はドキドキです。
私もMさんもドキドキしていますが、それ以上に私の両親がバタバタしていました。
実家の大片付けも行うことになり、飲み物の買い出しや、家具の買い替えなどでとても忙しくしていました。
そんな中、Mさんから電話がかかってきました。
どうしたの?
今、ドライブインに着いたけど・・・
もしかして今日じゃなかった?
・・・今日じゃない。
明日。
Mさんは緊張しすぎて、日程を間違えていました。
Mさんの家から待ち合わせ場所まで片道約2時間・・・
もちろん連休でもない普通の週末で、一人暮らしで毎日遅くまで働いているうえでの大事な大事な休日なのに。
1日を無駄にしてしまいました・・・
かといって、我が家に招待する訳にはいきません。
そもそも両親が外出していて不在だし。
挨拶するべき主役がいないし。
しかも、部屋はまだ綺麗になっていないし。
本当に申し訳ないですが、Mさんには帰ってもらわなくてはいけません。
ごめん。
そして、気を取り直して翌日の本当の両親への挨拶日。
待ち合わせのドライブインに行くと、ちゃんとMさんがいました。
ふうと安心して、ランチを食べながら、簡単な打ち合わせをします。
また、ここで発覚した事実ですが、Mさんは昨日ドライブインまで来たついでに、そこから1時間以上かけて私の町を一人で観光したようです。
なんだと!!
近所まで来てくれると知っていたなら、私だけでも観光に付き合ったのに・・・
連絡しておくれよ・・・
ランチを食べ終え、いざ我が家に向けて出発です。
1時間くらいかかるので、二人で他愛ない話をしながら向かいますが、二人とも緊張がMAXでした。
Mさんはもちろんのこと、私まで緊張してしまいました。
なぜなら、以前の記事でも書いたように、父はいまだに結婚に心から賛成しているとは言えないからです。
Mさんと両親が実際に会うのも初めてですし、いざ挨拶の場になって父がMさんにひどいことを言ったりしたらどうしようと不安でたまりませんでした。
MさんはMさんで、ちゃんと伝えるべきことを伝えられるかどうかが不安そうでした。
実家に着くと、父と母と兄弟が迎えてくれました。
皆いつもよりおしゃれをしています。
兄弟は席を外し、リビングで4人の話がはじまりました。
自己紹介をした後、Mさんが日程を間違えてしまった話をして場を温め、さっそく本題を切り出しました。
ゆきこさんと結婚したいと思っています。
両親の答えは「娘をよろしくお願いします」でした。
私は、この言葉から両親の愛情を受け取ってしまい、ボロボロ泣いてしまいました。
なぜか私一人泣いているというよく分からない状況です。
Mさんは緊張しすぎて、自分のことで精いっぱいで、私が泣いていることに全く気が付いていなかったそうです。
こうして、無事我が家への挨拶は終わりました。
とりあえず一安心です。
ふう、よかった。
そしてお次は私への試練・・・
来週Mさんのご実家にお邪魔させていただきます!!
ここまで読んでいただき、どうもありがとうございました。
【婚活体験談47】結婚相談所でできた婚約者に、うつ病主治医と話をしてもらいました
こんにちは。ゆきこです。
プロポーズをしてもらいました。
さらに、無職になることが決定しました。
有給消化や診断書による休職期間を組み合わせて、約1か月後の月末で退職することになりました。
仕事面についての考えは、機会があればいずれ触れます。
とにかく、ブログの趣旨から話すことにすると、Mさんと結婚できるようになりました!!
結婚適齢期にうつで苦しんでいたことを考えると、プロポーズをしてもらって、結婚まであと一歩の状況が奇跡のようです。
結婚相談所の仲人さんに報告すると、とても喜んでくれました。
でも、まだ成婚退会をすることはできません。
最後に残されたミッションは「両親への挨拶」です。
とりあえず、お互いの両親に日程確認をして、先に私の両親、1週間後にMさんの両親にお会いすることが決まりました。
ただし、今日は両親への挨拶の話ではなく、うつ病ならではの試練があったので、先にそちらの話をします。
試練ということでもないかもしれませんが、Mさんに私の主治医と話をしてもらうことになりました。
これはMさんから提案してくれたことです。
このときの私はまだ通院していました。
結局、通院は今後半年くらい続くことになります。
私の通っていた病院は人気の病院だったので、待合室はいつもパンパンでした。
普段はスマホをいじりながらボーっとして待ち時間を過ごしていましたが、この日はMさんが隣に座っているので、変なかんじでした。
Mさんは、私と家族になったことで、家族としてうつ病にどう付き合っていけばいいかを主治医に相談したかったようです。
一番心配していたことは、結婚して私が地元を離れて新しい環境で暮らすことで体調が悪化すること。
引っ越した後、土地になじめずうつ病になるというケースもよく耳にします。
Mさんはそのことを一番心配していました。
主治医からの返答は、どっちつかずで難しいものでした。
なぜなら、私がうつ病になった土地を離れることで、不安が減るから良いという一面もあれば、引っ越すことでの私への影響は未知のものなので、一概に引っ越した方が良い・悪いと言い切ることができなかったんですね。
そこで、私自身の現状と引っ越しをどのように感じているかということを話し、最終的には引っ越すことをMさんにも納得してもらいました。
見知らぬ土地が不安だという人もいれば、新しい土地での新しい生活が楽しみだという人もいます。
私は後者の考え方をしているので、引っ越しについては、むしろ早く引っ越したいなという気持ちの方が強かったです。
なにより、うつ病になってからは、ろくに地元で外出をしていません。
休職している分際で、日中に出歩いて、もし知り合いに会ってしまったら・・・
いたたまれなくて怖いです。
田舎だったので、知り合いがいたるところにいる可能性がありました。
結局、実家にいるときの私は5時くらいの早朝か22時以降の夜間にしか外出することはありませんでした。
寝不足になるし、外出できないから運動不足でもあります。
このように、実家・地元にいる方が精神状態は悪化しそうだったので、新しい土地に出ることのできる結婚を楽しみにしていたという本音もありました。
その他、Mさんから主治医の先生にいくつか質問をした後、診察が終わりました。
先生もおめでとうを言ってくれました。
人気すぎて、いつもパンパンで、診察時間はあまり長くとれませんでしたが、とても優しくて、安心して話すことのできる良い先生でした。
ありがとうございました。
ここまで読んでいただき、どうもありがとうございました。
【婚活体験談46】うつ病で退職して、無職になりました
こんにちは、ゆきこです。
今日は会社を辞めたときの話をします。
プロポーズを受けて婚活がうまくいったとはいえ、相変わらず自己肯定感は低いまま。
特に仕事に関しては、もうグチャグチャのボロボロで、怖くてたまりませんでした。
会社の人と連絡を取ることが怖い。
仕事に関することを見るだけで怖い。
仕事の話をすることが怖いから、会社でコミュニケーションをとることができなくて、仕事を覚えられない。
教えてもらうために話しかけることも怖いから、何もできなくてミスをする。
社会人として、まったくダメダメでした。
自業自得にミスをする日々が続きました。
人と話さなくちゃ仕事ができないことが分かっていたのに、やっぱり怖くてどうしようもなかったです。
現在はうつ病が治っており、まだ話しかけることに少し躊躇はしますが、このときよりは全然マシです。
やはり病気のせいで脳が少し壊れていたのだと思います。
ちなみに、この頃はテレビ番組のプロフェッショナルやセブンルールといった、仕事人をテーマにした番組を見ることも怖かったです。
唯一見ることができたのは社会系番組はザ・ノンフィクション。
そんな私ですが、結婚をするために仕事を辞める決心をしたのだから、嫌でも辞める手続きをしなければなりません。
まずやったことは、退職手続きの方法をインターネットで調べること。
そこには退職願を書くといったものもありましたが、最初は上司に報告するべきだと分かりました。
そもそも休職中の身なので、上司への報告無しには話が進みません。
そこで、上司に電話連絡をしました。
電話をするときは、すごくすごく勇気がいりました。
会社のことを考えるだけで怖いのに、直接話をするなんて絶対無理と思っていました。
ただでさえ、電話恐怖症なのに・・・
でも、電話をしなくちゃ辞めることができない。
結婚することができない。
覚悟を決めて、ダイヤルボタンを押すしかない。
スマホを握りしめて、電話画面を見つめるだけで何もせず30分は経過しました。
何から話しはじめたらいいだろうか・・・
怒られたらどうしようか・・・
怖い・・・
それでもダイヤルボタンを押すことができました。
Mさんとやりとりしたラインのメッセージを見直して、この恐怖を乗り越えたら、Mさんとの幸せな結婚が待っていると考えることができ、勇気をもらいました。
お疲れ様です。今お時間大丈夫でしょうか?
久しぶりに部下から電話がきたものなので、上司もとても驚いていました。
そして、ただならぬ雰囲気を感じたのか、すぐに別室に移動してくれたようで、周りの人に聞かれることなく電話をすることができました。
辞めさせてもらいたいんです。
色々な言葉をシミュレーションしましたが、この言葉を伝えることがやっとでした。
伝えると、上司はすべてを悟ってくれて、しばらく無言が続いた後、「分かった」と一言言ってくれました。
このあとは上司が人事と話しをして手続きを進めてくれました。
上司も、さらに上の上司や人事から、引き留めるよう言われたそうですが、私の気持ちを汲んでくれて、無理に引き留めるような行動はしませんでした。
とてもありがたかったです。
会社には私物を置きまくっていました。
荷物を取りに行くために、人がいない土日に特別に会社に入れてもらって、泣きながら机を整理しました。
自分の机を見ることも怖かったです。
自分がやるべき仕事を他の人がやってくれている現実を見ることになるからだと思います。
最後に、退職に関わるたくさんの書類を記入しなくてはいけませんでした。
会社に行くと泣いてしまうし、同僚に会うことも怖くてできないので、上司の家で書類手続きをしてもらいました。
恥をさらしまくって、迷惑をかけまくって、情けなくて申し訳なく思いましたが、私が未来に進むためにも、みっともなかったですが辞めさせていただきました。
立つ鳥跡を濁しまくりで、本当に申し訳なかったです。
仕事を辞めるために行った手続きは以上です。
振り返ると、あっさりしています。
電話をかけて、辞める意思を伝える。
私物を取りに行く。(貸与品を返す。)
書類を書いて、提出する。
以上です。
普通の円満退職ならば、お世話になった人に挨拶をするとか、退職を祝ってもらうなどがあると思いますが、私は逃げるように辞めたので、そういったことはありませんでした。
お世話になった人もたくさんいたので、何も言わずに去ってしまったことは申し訳ないと思っています。
当時は社会や世間のすべてが怖すぎて、お世話になった人に挨拶をするなんて、全く考えることができませんでした。
できることといえば、どうやって逃げるかを考えることだけ。
今も元気にはなりましたが、当時関わった人たちにはまだ会いに行くことができていません。
やっぱり怖い気持ちがムクムクと出てきます。
もう少しだけ、自分から会いに行けると思う日が来るまでは、申し訳ないですが無理に行動に移すことはやめようと思っています。
退職に踏み切るために悩んだ時間は膨大ですが、実際に行動すると、思ったよりあっさりと終わりました。
これで、無職になってしまいましたが、私を4年悩ませていた悩みの種がなくなりました。
やっと、うつ病発症のきっかけから離れることができました。
私と同じように、メンタル系の病気で苦しんでいる人は、仕事についてとても悩んでいるのではないでしょうか?
病気のせいで脳がおかしくなっているので、何でもネガティブに考えてしまうと思いますが、ひとつの体験談として私の話が参考になったら嬉しいです。
仕事を辞めることは勇気がいりますが、どうしてもダメなら仕方ありません。
私は仕事のために死ぬのは嫌でした。
しょせん一つの仕事のせいで、家族や友人を悲しませることになります。
仕事を辞めて、一人になって、ボーっとしたり、精一杯遊んでから、死ぬかどうか考えてもいいのではないでしょうか。
せっかくの人生、パーっと楽しんでから、最後の行動をするか考えましょう。
ここまで読んでいただき、どうもありがとうございました。